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2016年10月14日金曜日

忙しいのか?自動化できていないのか?

例えば忙しくてどうにもならないと思う局面がある。「急いでしなくてはならない事に追われている。する事が多くて休む暇もない。多忙だ」と定義される。猫の手も借りたい状況だ。つまり自己のスループットにおける「需要と供給のバランス」が崩れているわけで、このバランスを正常化したいと思うのが普通ではなかろうか。

じゃあどうすれば良いのか?猫の手を借りたら良いのである。人との「コミュニケーション」に長けた人であれば、仕事を委譲する事ができるし、「プログラム」を書ける人であれば、仕事を自動化できる。

そもそもなぜ仕事を委譲しないといけないのか?それは集中処理より分散処理が優れているからである。1人の処理能力というのは限界があるので、スループットにも限界がある。それは時間内にこなせる仕事というのには限界があるというのが事実としてある。分散処理して、スループットを上げる、アウトプットをあげる、それを解決するのが自動化、実現するのが仕事の委譲、委譲先が人か機械(プログラム)かという結論が導き出せる。

仕事の委譲における人か機械の違いとは何か?感情があり、深層学習があり、経験の差がある。情報の入力のインターフェース(伝達方法)も異なれば、出力のクオリティ(品質)も異なる。すぐ並列処理されるか、キューに止まった状態という即時性の違いもある。ここには人か機械かという、委譲の選択という究極の自由が与えられているわけである。

ここに委譲の例をあげてみる。

機械(プログラム):ミカンをキーワードにしたニュースを毎日この時間にメールで送って。
人:xx通りの交差点にあるスーパーに行って今晩のおかずを買ってきて家まで持ってきて。

どちらも委譲だが、人に委譲する時のインプットはファジーが伴うことが多い。そしてこのファジーなインプットを深層学習して品質の高いインプットを返せるようになってきているのが機械でありAIだ。人への委譲が、機械への委譲に変わりつつある。

何を自動化できるのかを見極め、それらを委譲できるようになれば、忙しい状態から解放される日も近い。そうすればまた違った自分のやりたい仕事ができるんだと思う今日この頃。

2016年4月22日金曜日

マイナス感情について

最近はよくノートを取ってます。Google Keepで。

さて、大学の論文をを書いた時に人間の感情についてあれこれ調べる機会があったのですが、その時に知ったのは人間の感情は殆どがネガティブなものであるという事でした。いわゆるマイナスの感情ってやつです。怒り、悲しみ、痛み、悔しさ、妬み、不快、いろいろ挙げればキリがありません。

なんでこんなにネガティブなものが多いのだろうと、当時は深く考えた事は無かったのですが、最近ちょっと理解できるきらいがどこかにあります。仮にネガティブな感情が無かったら。。。

人は今よりも向上しようとするだろうか?
挫折で終わるのだろうか?
奮起する事はポジティブだけでできるだろうか?
頑張れるか?
競争心は芽生えるだろうか?
より良い発展があり、そこには進化があるだろうか?
技術進歩と文明開化はあるか?

疑問です。本当にこういう事がネガティブな感情を抜きにして起こるのか、本当に疑問です。

今はネガティブな感情は持つべき良き感情であり、必要な事であると考えたりする今日この頃です。人間の不思議。


2015年9月14日月曜日

ニュースって必要?ある原則に従っていると、それほどニュースは読まなくてよい事が分かってきた。

最高気温が40度近い日々を送っています。

ニュースって必要?

ツールが増えて世の中が便利になると、情報が至るところから溢れだしてきます。新聞、雑誌、書籍に始まり、ヤフーニュース、グーグルニュースのウェブに代わるかと思えば、ブログリーダなどのツール、SNSなどの時系列ツールのツイッターやフェイスブック、そして、スマートニュースやワニパックなどのモバイルアプリが主流になる昨今です。

でも、そんなにニュースって必要?そんだけ情報いる?

疑問は常に頭の後ろを駆け巡りつつ、情報、情報源の取捨選択をする毎日です。

何を求めているのかを見極める

ニュースをざっくり分類してみると、

  1. 事実(知識蓄積)
  2. 状況(確認)

に分けられると考えます。

2は例えばスポーツの試合の推移を確認、天気予報や交通状況の確認、郷土の変遷を確認など、確認行為そのものに該当します。

ニュースから2を取り除けば残るのは1. 事実(知識)確認です。残念ながらニュースは売れる事を前提にしている事が多いので、真偽は勿論、思想や哲学に係る偏見の判断は自己確認、自己責任で理解しないといけません。

真偽に関わらず知識の蓄積がニュースを読む行為です。



「キーワード」を掘る

知識を脳に蓄える事が目的なのであれば、ニュースを読む事は必要でしょうか?私の答えはNOです。

知識を蓄える行為は、物事の本質を理解する事とも言い換えられます。つまる、本質はキーワードとロジックであり、キーワードを追えばニュースを読んでる事と変わりません。

ロジックはキーワードを追えば確立され、キーワードを追えば信憑性の高い、誤差の少ない情報源にぶつかるでしょう。ニュースである必要は無いのです。

ブレない本質を理解する

キーワードを掘る行為は簡単です。誰にでもできます。但しブレない本質を理解するのは簡単ではありません。

これは自身の価値観、思想、経験則が伴うからです。だからこそ敢えてニュースを読まない事は勇気が要りますが、本質を捕まえていれば動揺は無いでしょう。

ニュース無しの世界、あなたはできますか?




2015年9月5日土曜日

何かが無かったらできないじゃなくって、何かが無くてもできるという考え方。

ストレッチは歳を取れば取るほど、スポーツをしていなくても大事だなと思う今日この頃です。

資源が無いからできない?

いわゆる資源と呼ばれるものには世の中に、そして自分自身の周りに数多く存在します。食べ物、靴、服、体育館、車、家、人材、技術、お金、スペース、時間、健康、、、などなど。

そして、〜〜が無かったらから〜〜かができない。〜〜があれば〜〜ができた。という言葉は資源が乏しい状況によく聞く言葉です。勿論、私自身もこの状況に陥ってしまう日常です。


資源が無くても達成(成功)はできる

前項で述べたように、言い訳というのは何かの資源が無かった状況を嘆く事が多いです。しかしながら、果たして資源があれば成し遂げる事ができたのでしょうか?言い換えると、資源が無ければ成功できないのでしょうか?

参考リンクも目を通していただければ分かるように、歴史を振り返ると必ずしも資源が無くても成功してる事例が数多くある事がわかります。木材から石炭に代わったように、制約がある中で取って代わる資源は出てきます。インターネットの出現でどれだけ日常生活の資源が取って代わっていってるでしょうか?


究極の資源は”資源に溢れているという考え方”


The ultimate resource is resourcefulness. (究極の資源は資源に溢れているという考え方)

僕自身もこのフレーズを聞いた時は衝撃を受けました。何かの資源じゃなくって、資源はどこにでもあるんだよって考え方。制約があるからこそ、アイディアが生まれ、イノベーションになり、何かを達成できるようになる。この考え方はとても深いなと今でも考え込む事は多々あります。

どうでしょうか?例えば、皆さんも時間が無いからできないという状況に陥ったら、どういう「資源」の発想を生み出すでしょうか?





参考:
https://www.youtube.com/watch?v=Y4_MNO7AEbU
http://philosiblog.com/2012/10/12/its-not-the-lack-of-resources-its-your-lack-of-resourcefulness-that-stops-you/

2015年8月28日金曜日

プラス思考とマイナス思考の違いは、問題を認識して何かの行動ができるように言い換える事ができるかどうかの違い。

最近はメキメキと動画編集のスキルをつけて、真夏を室内で過ごしています。ああ、膝が痛い。。。

問題の認識だけで終わってしまうのはマイナス思考

さて、日常の生活でも、仕事の現場においても、困ったな〜っと思ってしまう状況にぶち当たる事はたくさんあります。〜〜ができない〜、〜〜は無理だ〜、という状況です。

いわゆる問題の認識は誰にでもできるわけで、この認識だけで終わってしまえば、そこから挑戦もなければ前進もしないマイナス思考になります。思考停止とも言えるかもしれません。

仕事が終わらない。。予算が足りない。。良い出会いが無い。。毎日がつまらない。。などなど。


問題を何か実行できる単位に言い換える事ができるのがプラス思考

問題の認識ができる事もひょっとしたら重要かもしれません。しかしここから次のステップに進むのが難しく、そしてプラス思考かマイナス思考かを決める境界となります。

問題の認識ができたら次は解決策、解決策とはつまり、何かを実行できる単位(行為)に言い換える事ができるかどうかです。

特定の仕事を誰かに委譲する。。。交遊費を削る。。。知らない人に思い切って話しかけてみる。。。何か新しい趣味を始めるのに本屋で調べる。。。などなど。


正解は無いかもしれないが問題解決者(Problem Solver)

こういった何かを実行出来る単位に言い換える作業は、アイディアが必要で考えなければなりません。(思考稼働)何パターンもの言い換えができて、必ずしもその中に正解があるとは限らない事もあるでしょう。しかし、失敗を繰り返して行くことが、成功(正解)に近づいていると、トーマス・エジソンの名言を振り返ってみれば納得できるのではないでしょうか。




参考:真の問題解決者になるための6つの劇的なステップ
http://www.entrepreneur.com/article/249799

2015年8月12日水曜日

仕事(タスク)を最小限の単位に分割する事は、仕事をいかに早く終えるかの基礎。

Divide and Conquer 

分割して制服する、という言葉がコンピュータ・サイエンスの世界にはあるのですが、これはアルゴリズムの中の考え方の1つで、大きな単位のタスク(仕事)を小さく分割できる単位にまで分割して処理していく、いわゆるトップダウン型のタスクの処理方法です。実はこの考え方が一般的にどこでも通用するよな〜って、しみじみ思ってしまう今日この頃です。


なぜ分割するのか?

大きな仕事の単位、つまり何か大きなプロジェクトでもなんでも良いんですが、例えば、Tシャツのデザインを1枚仕上げるという命題がある場合、これを1つの仕事の単位にしてしまうと、仕事の単位が大き過ぎてしまうので、どこから手を付けて良いのか途方に暮れて仕事が早く終わらず挫折してしまうわです。

じゃあ、この命題を細かく掘り下げた場合。Tシャツのデザインの素材となる画像をiPhoneで撮影するのにxxに行って、撮影した画像から選定したものからPhotoshopでトレースして、イラストを作った物をデザインのプロトタイプにする。

ここで命題の違いが出来ます。

大きな仕事の単位:
  1. Tシャツのデザインを1枚仕上げる

小さな仕事の単位:

  1. 素材となる画像をiPhoneで撮影
  2. xxに行く
  3. 撮影した画像から選定
  4. Photoshopでトレース
  5. イラストを作った物


同じ目的を達成するのであっても、命題を大きな仕事の単位と、小さな仕事の単位で分けた場合では、具体的に何をしなければいけないかが分かり易くなります。それだけでなく、小さな仕事の単位にする事で、重複した作業を見抜きやすくなるばかりか、どの仕事の単位を何(誰)にデリゲート(委譲)すればよいのか分かります。また、手順がシーケンシャル(逐次的)でなくマルチプロセス(同時並列処理)できるのであれば、仕事が早く終えられる基礎となり得る事は自明でしょう。そしてどの仕事単位をどの期間でやるのかスケジュール(計画)も立てやすくなります。


日常を振り返ってみましょう

なかなか仕事が終わらない、作業がすすまない、早く家に帰りたい。そんな方は一度、日々の生活、仕事、の中で仕事の単位を大きくし過ぎていないか、目標の設定を抽象的にしていないか、一度振り返ってみてください。そして、具象化できるものは細分化してみてください。ひょっとすればもっと楽に仕事ができるヒントが隠れているかもしれません。

Divide and Conquer




2015年7月30日木曜日

ちょっとした変化をつけ続ける事は、凝り固まっている脳の配線を解きほぐすだけでなく、つまらない状況からの脱出。

こんにちは。最近は右でも左でもなく真ん中を歩こうとしています。


単純な作業はつまらない

さて、つまらない状況ってどんな状況なのかなと考えた時に思い浮かぶのがルーチン化された単純作業。つまり決まったな作業をいつも繰り返しやっているような状況です。これは極端な話、プログラムが書ければコンピュータかAIに丸投げできるような仕事になります。

つまらない状況を否定している訳ではありませんが、こういった単純作業をどこかにポイっと放り投げる事ができれば、他にもっと楽しい事を模索できるわけで、つまらないから楽しい状況に変わるんじゃないだろうか、と思ったりもしています。

ルーチン化された作業、仕事、タスク、スレッド、プロセス、お手伝い、動作、行為、と言い換えればいろいろあるんですが、本質的には繰り返し行う小さく分割され切った作業、の事を指しています。例えば、毎朝の通勤で車を運転して家からオフィスまで行く、という作業。

車の自動運転が可能になる頃には、こういった単純作業を丸投げして、その代わりに空いた時間を読書なり、ニュースを読んだり、アイディアに没頭したりと、他の作業に使えるようになるのかなと思うとワクワクするわけです。


ちょっとした変化をつける

ただ、なかなかこういった単純作業を丸投げできる状況や段階に無い事があるのも確かで、じゃあどうしたらよいのかなと悩むのが普通でないでしょうか。そこで思い付いたのがルーチンに微妙な変化をつけ続ける努力。平凡な作業にいつもと違う「やり方」を実践したり、作業に「付加」を与える事で非日常を生み出す効果があると考えます。

もう少し具体的に書いてみましょう。「やり方」の例として、ある場所から他の場所に移動する単純な作業がある場合、いつもと違う経路を使ってみる。いつもは直進するコースも今日は少し手前で曲がってみる。そういう微妙な変化を与えてみると、実は見落としていたり、日常では気付かない非日常が見えたりする事もあったりします。結果的に何かのアイディアに繋がったりするかもしれません。

また「付加」を与える例としては、皿洗いのバイトで1分間に5枚洗えた皿を今度は6枚、7枚、、10枚、、、といった風に早く洗えるようにする。どのように作業を効率化させるかなどを試行錯誤すると、これまた何かの発想につながるかもしれない、というのが平凡な作業にちょっとした変化を与えるという事です。


脳をビックリさせてやる

ちょっと話が変わりますが、同じ事を継続してやる、というのは特定の脳のワイヤリング(ニューロンの繋がり)を強めてしまいます。同じ思想の情報源を単純作業の如くインプットし続けると、脳のニューロンがその思想で強まってしまいます。

だからニューロンの繋がりが貧弱な回路を刺激するような変化や相対的な情報が入ると、未踏の地でカルチャーショック(脳がビックリした状態)を受けたりするわけです。そしてこの脳がビックリした状態が新しいアイディアや発想を生み出したり、前回述べたような楽しいという状況をつくり、つまらない状況から脱出するのでは無いかと考えます。

休暇に海外旅行や遠出に出かけるのも、ひょっとしたら無意識のうちに脳をビックリさせたい、配線を解きほぐしたいのかもしれないですね。

日頃の単純化できる作業がどれぐらいあるか、一度洗い出してみてください。そしてちょっとした変化を与えてみてください。何かが始まるかもしれません。

                  

2015年7月16日木曜日

2週間の休暇で頭を空っぽにリセットしたら、本当の楽しいってどういう意味か分かったような気がした。

さて、2週間程休暇をとってアメリカから日本へ里帰り。今回は敢えて予定を入れる事なく、流れに身を任せるような感じでのんびり過ごしました。前回帰郷した時は、とにかくいろんな人と会うという事で予定をギッシリつめてしまい、内容は充実したものの休暇の筈が疲れてしまったので、今回は違ったアプローチで休む事にしました。まさに動かざること山の如しの休暇(笑)そんな短い(?)、長い(?)休暇の中で気付いた事が多々あったので、今日は「楽しい」ってキーワードに焦点をあてて書いてみようかなと思ったとこです。

日本に帰って来ると残念な事にiPhoneのキャリア(SIM)がアメリカの物なので、WiFiに接続できないと使えない。そんでもって日本は無料WiFiがいまいち浸透していないのか、アクセスできる場所と範囲が限定されるので、帰国しても駅の公衆電話を使う方が連絡とるには楽なんです。しょうがなく家に着くまでの帰路は景色を眺めるか、電車内に居る人か物を観察するぐらいしか無いんです。まあそれはそれで面白いんですが。で、周りを見渡すとビックリするぐらい、ほとんどの人がスマホを見てるか、寝てるかの二者択一で、観光客と僕ぐらいがそれ以外のカテゴリにあてはまんのかなっていう状況。ちょっと滑稽だなと思ってしまいましたが(笑)。。その一方で通勤してた頃の自分自身を投影してみると、同じ姿の自分がイメージできてしまい、この無機質な空間に居る人達は今の生活でどういった事を「楽しい」と感じているのかなと、ふと思ってしまいました。

アメリカに移住した直後や、それまでのアメリカ生活の経験からよく、enjoy playing?, how are you?  how are things? did you have fun? did you have a good time?  などの感情を問われる系統の質問にどう答えてよいのかさっぱり分からなかった。英語の意味は理解できるし、教科書的な返事は返せたとしても、それは教科書的な物であって、自分自身の感情とは違う気がした。そもそも「楽しい」ってなんだ?というのが本音で、例えばバスケをするにしても、それは競争で勝ち負けの事だから、「楽しい」って関係ないでしょ、というのが頭の中にあったんですね。それが面白いもので、アメリカに10年も生活していると知らぬ間に文化的な違いを忘れ、身体に違った枠組みが染み付いてしまう。だから、今同じ質問をされても感情に正直な返答をする事ができるし、「楽しい」の理解が以前より分かった気がする。逆に言うと「楽しい」が分からなくなってたのか?いつから分からなくなったのか?などという事を考えてしまう。

そういや「楽しくないな」って思える時期にアメリカ移住を考えだしたのをよく覚えている。「楽しい」は分からないけども、「楽しくない」はよく分かる。今思うと実はこれが結構重要なポイントで、「楽しくない」と気付くのが第1歩、そしてなんとかしようと考えて実行するのが第2歩。そして「楽しくない」を取り払って行けば結果的に「楽しい」が見えてきたんじゃないかな、と思ったりするわけです。例えば、長時間労働や、やってても割りに合わない仕事、退屈な毎日、睡眠が足りない、などなど楽しくない原因になる事はいろいろ人生であるわけで、特に日本の文化に慣れ親しんでる人だと、皆頑張ってるからとか、会社のルールとしてこうだからとか、社会がこうだからとか、決められた枠組みで努力しないといけない仕組みがある。それが楽しいと思える人は別として、しょうがないって諦めてるとすれば残念だなと思ってしまう。チームワークは大切。しかし、自分の人生は皆が頑張ってても皆の物じゃないよ、ってのをもう一度考えてみるのも大切じゃないのかなと思ったりもするわけです。

枠組みというの壊すとか、抜け出すというのは怖いし勇気がいる行為。皆と違うと思われるのも怖い事かもしれない。ただ、なぜ自分が枠組みを作ったらダメなんだろうかという疑問は残る。ちょっと「楽しい」の話からズレてしまったので戻しますが、枠組みの中でも外でもそれは自分の自由。結局は、自分で考えて「楽しい」を埋もれた山から見つけ出して欲しいのが本題なんです。じゃあ「楽しい」はなんでそんな重要なんだ?そもそも必要か?という考え方もある。これは断言できる。重要です。例えば、小さい子供に勉強を教える、スポーツを教える、などは典型的な例で、子供達は「楽しい」に敏感。それは脳の発達状態も関係してると思うが、「楽しい」があると習得力も違うし情熱も違う。そもそも努力という言葉の以前にうまくなりたい、もっと分かりたいという持続性が出てくる。それがperseverance(屈せずにやり通す、忍耐), grit(勇気、気概、闘志)にも繋がると思っている。脳科学の観点からも「楽しい」は報酬系の網やドーパミンの生成に関わってるような記事も見かける。興味がある人はこれらのキーワードを調べてみてください。だから「楽しい」って思える事はとても重要で物事の本質なわけです。書店に並んでいるベストセラー嫌われる勇気や武田双雲関連の記事を読んでみても、本質的なところは自分自身が「楽しい」って思える事じゃないかなと感じてしまう。

しかしながら注意しないといけないのは、自分が思う「楽しい」が他人を傷つけたりするものであれば、それはどれだけ「楽しい」事であっても結果的に循環して「楽しくない」事に変わると思っています。だから「楽しい」事は他人も「楽しく」なれる事で無いといけないし、そうなればよりより社会や枠組みに変わるんじゃないかな、とも思うわけです。旅行から帰ってきた今、改めて「楽しい」とはどういう事かを考えられたおかげで、毎日つまらないと思える事や、嫌だな〜〜、悩んでもしょうがないんだけどな、って事をなるべく楽しいに変えてやろうと、見つけてやろうと、いう姿勢でやっています。ちょっとつまみを変えてやるだけの作業ですが(笑)また何か気付いた事が書いてみようと思います。

Did you have fun today?



サーフィンを初めてしたダイヤモンドヘッド近くのサーフスポットにて

2013年1月21日月曜日

諦める事ができない言葉

最近、良い言葉に触れています。
発明の父、トーマス・エジソンって結構良い事言ってるんですね。
心に響いてきます。。。

I have not failed.  I've just found 10,000 ways that don't work. -- Thomas A. Edison

失敗したわけではない。ただ、10,000通りのうまくいかないやり方を発見しただけだ。
http://www.brainyquote.com/quotes/quotes/t/thomasaed132683.html


Many of life's failures are people who did not realize how close they were to success when they gave up. -- Thomas A. Edison

人生の多くの失敗は、何かを諦めた時にいかに成功の近づいていたか気づかなかった事だ。
http://www.brainyquote.com/quotes/quotes/t/thomasaed109004.html

素晴らしい言葉です。
諦められなくなる言葉ですね。

2013年1月13日日曜日

なぜ怒りは指導の敵なのか?

You know, I found that Anger is worst enemy of instruction? -Phil Jackson

一昔前にフィル・ジャクソンのAudiのコマーシャルが話題になった事をふと思い出しました。このコマーシャルはとても奥が深く、怒りがいかにメッセージを伝えるのに役に立たないか、そして、どんな素晴らしい事が身の回りに起こっていても(この場合、フィル・ジャクソンにすら気付かない。。)気付かないという点を表現しています。またエゴとは何か?改めて考えさせてくれるメッセージをなげかけてくれます。

紹介されている記事にも書いてあるのですが、最近の脳神経科学者達の研究によっても、人間は怒った人に遭遇すると、防御反応からどういった事を情報として伝達されていたか覚えていないようです。科学的にも怒りが情報の伝達の敵だと証明しています。

私も怒ることでたくさん失敗してきました。なるべく怒るのはやめようと思ってます。怒りは指導の最大の敵。皆さんはどうですか?

参考記事
http://angermentor.com/why-anger-is-an-enemy-of-instruction

2012年12月31日月曜日

今年印象に残った言葉

さて、年末となれば総括系のブログやアプリが増えますが、私は今年心にグサッときた一言を(笑)

“If what you did yesterday still looks big to you, you haven't done much today.” 
― Mike Krzyzewski

昨日やった事が未だに凄く(偉大に)思えるようであれば、今日はまだ何も大した事をやっていない。ーマイク・クレシャウスキー

以前、モチベーションを高める言葉として取り上げましたが、やっぱり1年を振り返ってみると、この言葉の持つ意味の深さと、考え方の本質は普遍的だなと感じさせられました。

育児をしていても感じるのですが、人間の本質は学習して進化をするということ。老化して退化する事とは背反する考え方かもしれませんが、いくつになっても学習はできます。そしてそれは人間に備わった機能です。

学習と聞くと勉強とイメージする事が多いかもしれません。しかしながら、実は日々の生活で小さな事に気づくだけで良いので、どんな事であれ構わないのです。たくさんの大小関わらない成功や失敗。そこから何を発見できるかが重要。

率直なところ、疲れる考え方でもありますが、考えて学習するのは疲れるのでしょうがありません。日々発見、日々学習、日々進化。なんかそんなとこにも禅的なものを感じます。さて、明日はどんな発見があるかな?

Keep Learning.

2012 December 31st, The New Year's Eve.




2012年9月27日木曜日

フィル・ジャクソンの本を2冊読む

最近、アメリカの図書館、いや、大学の図書館の凄さを知り、大いに活用しております。1つは英語にもっと触れ、読む作業を癖付けること。もう1つは単純に読書を楽しみたいために始めました。

早速、英語の本を読もうとしても、ハードルが高いと続かないので、興味のある範囲で自伝やバイオグラフィーの類が取っ付き易いので、NBAの名将フィル・ジャクソンの自伝を2冊ばかり読んでみました。

Sacred Hoops
http://www.amazon.com/Sacred-Hoops-Spiritual-Lessons-Hardwood/dp/1401308813/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1348813477&sr=8-1&keywords=phil+jackson

The Last Season
http://www.amazon.com/The-Last-Season-Team-Search/dp/0143035878/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1348813477&sr=8-2&keywords=phil+jackson

1冊目のSacred Hoopsは主に自分の生い立ちからシカゴ・ブルズ黄金時代の話。印象に残ったのがいくつかありましたが、その中でも、フィル・ジャクソンが選手時代、ニックスのコーチRed Holzmanの言葉。
"Red Holzman had a saying, that the diference between superstars and great players is that a superstar makes everbody on his team a better player,"
「スーパースターと素晴らしいプレイヤーの差は、チームの皆をより素晴らしいプレイヤーに仕立て上げる事ができるかどうか。」
マイケル・ジョーダンが優勝できなかった時代、そして、チームメイトがジョーダンの偉大さに萎縮してしまった引退から復帰直後のチームの状態、当時の苦悩をうまく表現しています。バスケットボールに関わらず、普遍的な言葉だと印象的でした。

2冊目のThe Last Seasonはレイカーズ3連覇後の最後のシーズンの話。選手達のエゴで事実上崩壊していたチームをどうまとめたらいいのか、当時の苦悩が綴られています。1冊目ほど印象的ではなかったのですが、今は名将や禅マスターと崇拝されているコーチも、結局は試行錯誤、失敗、苦悩、経験を通り越して来たんだなと親近感が湧きます。

全体的に面白かったのが選手にかける言葉の選び方。もちろん英語なのでニュアンスは伝わりにくいですが、フィル・ジャクソンは若い頃は短気だったようですが、経験と失敗を重ねる度に、直接的な言葉よりも、抽象的、時には回りくどい言い回しをすることで、選手の怒らせるのではく、考えさせて、気づかせるアプローチを取っていたようです。よく出てくるのですが、怒りは最大の敵という哲学。この辺の考え方が面白いですね。



2012年7月9日月曜日

コーチKに習う

今回もオリンピック代表を監督するのはDuke大学のMike Krzyzewski(マイク・クレシャウスキー)。ポーランド系の人で、名前を未だに読むのもスペルするのも難しいから、コーチKって呼ばれる事が多いです。

この人、初代ドリームチームのコーチ陣やってたり、この間のオリンピックで金メダル奪還して、2年前の世界選手権ではアメリカに久々の勝利もたらしたり、デューク大学優勝させたり、通算最多勝監督だったりと、まあ凄い功績の持ち主なんですが、他の監督と違って何が凄いのかなって思うと、一言で選手のモチベーション上げるのが上手なんだなって最近よく思います。

レブロン・ジェームスが、コーチKってどうやって選手達と関係を構築してるの?という問にこんな事言ってます。
Some have said he doesn’t even talk about basketball. He doesn’t. His approach is all about improving in life and being about situations. He is a great coach and a great motivator, and I love that about him. He always has us prepared.
誰かはバスケットボールの話をする事すら無い。彼はそういう話をしない。彼の取り組み方は、人生や状況をどう改善するかに限っている。彼は素晴らしいコーチでモチベーター(モチベーションを上げる人)だ。そして俺はそんなとこが好きだ。彼はいつも俺たちを万全の状態にしてくれる。

http://www.usabasketball.com/mens/national/12_moly_training_recap_070912.html

確かに技術指導してくれる素晴らしいコーチはたくさんいるんでしょう。しかし、技術も心、気持ち、メンタルと呼ばれる内的な物とのバランスがあってからこその物。コーチKはそういう心を引き出すのが得意なんでしょう。フィル・ジャクソン、ジョン・ウッデン、ドク・リバースもそういうところが上手なのかもしれませんね。

2012年6月22日金曜日

人生の中で持てる最高の師は経験であるという

2012年のNBAプレイオフは、マイアミ・ヒートの優勝で幕を閉じました。レブロン・ジェームスにとっては9年目で悲願の優勝。

この会見では過去のプレイオフの挫折を振り返っていますが、「人生の中で持てる最高の師は経験だということ」と言っています。確かにそうですね。


2012年6月1日金曜日

25周年

思わず日本で見つけて買った、青春を語るには必須のスライム。しかもゴールデン。
もうそんなに経つとは。。

2012年4月21日土曜日

Are you happy?

この言葉、実はとても印象深く心に刻まれてる言葉で、日本語に訳すと、「あなたは幸せですか?」という意味合いになる。ただ、日本語ではピンと来ないけども、英語で伝わった時のニュアンスから考えると少し違う。要するに「今楽しいか?」に近いような感じがする。

歳を取ったからか。。?
住んでる国が変わったからか。。?
親になったからか。。?
それとも価値観が変わったからか。。?

どういった理由からか分からないけども、最近よく自問自答するように心がけてる。生活であったり、仕事であったり、人間関係であったり、どの場所であれ、どの世代であれ、どの文化であれ、普遍的な真理じゃないかなと思う。

なんで楽しいのか?
なぜ楽しくないのか?
じゃあどうしたら楽しくなるのか?

道に迷った時こそ、周りが見えなくなった時こそ、頭をカラッポにして自分に問いかけたい言葉。

Are you happy?

この言葉をくれたのは亡くなった祖母。
とても印象に残っている。
大きな宝をもらった。

2012年4月15日日曜日

久々に映画を2本鑑賞

今週末は久々に映画を2本観ました。最近読んだ本にも書いてあったんですが、精神に訴えかけるような、何か響いてくるような作品を読んだり観たりしようと思っています。芸術作品なんかもそう。今回はなんとなく精神に響いた作品達でした。

1本目はテレビでやってたWe Are Marshall。飛行機事故で犠牲となった、大学のフットボールチームの生存者と新しいコーチでチームの存続を図ろうという作品。
When a plane crash claims the lives of members of the Marshall University football team and some of its fans, the team's new coach and his surviving players try to keep the football program alive
街は悲しみと絶望に明け暮れますが、マコノヒーが演じる新コーチの人々を助けたいという志、諦めない心が精神に響きました。

We Are Marshall
http://www.imdb.com/title/tt0758794/

2本目はThe Descendants。これはApple TVを使ってオンラインで借りて観ました。

ハワイを舞台にした作品で、広大な土地の所有者が妻がボートの事故で危篤状態になった後、2人の娘たちとの絆を回復させようという作品。
A land baron tries to re-connect with his two daughters after his wife is seriously injured in a boating accident.
ジョージ・クルーニが演じるんですが、なかなか踏んだり蹴ったりの辛い立場。いろんな家族の絆を上手に描いています。これもまた精神に響いた作品でした。


The Descendants

http://www.imdb.com/title/tt1033575/

2012年2月16日木曜日

発想を変える

確か日本の教育では公式を暗記させられた記憶がある。発想を変えて、図にすると本当にわかり易い。



発想を変えたら、見方を変えたら、全く物事が違って見えてくる。面白いな。

参照元
http://rocketnews24.com/2012/02/16/183609/

2012年2月3日金曜日

Success At Success At Success

Kobe VIIで採用されたKobesystemのNikeのコマーシャルがなかなか面白い。ジョン・ウッデンの成功のピラミッドのような感じを受けるが、Kobeの哲学みたいなことを投影してるんだろうなってのが伺える。



あれもこれも達成(成功)した人に何が残されているのか?それは更に成功すること。成功に終わりは無いと言いたいんでしょうね。このシリーズどれも面白いです。

2012年1月18日水曜日

・・・と、思った。

とても興味深い記事を読みました。残念ながら番組の方は視聴していないのですが、なるほど、と思わされます。

http://getnews.jp/archives/162756

不安になる気持ちは誰もが持っていて、それを司ってるのは脳の特定の部分で、客観視する能力を強化することで鍛えられる。

「・・・と、思った。」、これからつぶやこうと思います。

それにしても、座禅や瞑想、考えだした人は偉大ですね。こんな効果があるとは知りませんでした。